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活躍している人はそれが「夢」だからやったんじゃない、切実だからやったんだ。

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やりたいこと、なりたいもの、将来の夢。

 

そういうものがあれば幸せな人生が歩める気がしてさ、

 

ずっとそういうものを探してきたんだけど

 

結局そんなの見つからなくてさ。

 

おれはやりたいことすらないつまんねえ人間なんだ

 

って悲しくなったりしたんだけどさ、

 

よくよく考えてみればなんというか

 

〇〇があれば幸せ、っていう論理そのものが

 

そもそもおかしかったんだな、と最近は思う。

 

 

 

昨日の記事のきっかけにもなってるんだけど

zzzowlzzz.hatenablog.com

昨日は同年代の活躍してる人を何人も見てきてさ、

 

そしたらやっぱりすげーかっこいいんだよね。

 

自己紹介とかしてても、それだけでかっこよくてさ。

 

おれなんか「大学院生です、研究してます」

 

くらいしか言う事なくて。

 

あーあ、ってなるわけだよ。

 

 

 

で、彼らはやっぱり自分たちの取り組みに対して

 

切実なんだよね。すごく。

 

対象が自分自身にとってほんとにリアルな問題なんだよ。

 

で、それが社会的にも人からいいねって

 

認めてもらえるような取り組みだった、

 

というある種の社会の流れもあったりしてさ。

 

つまり評価のためにやったんじゃなくって

 

自分の切実さを追い求めていったその先に

 

それが評価されやすい社会の流れがあったりしたんだよね。

 

あくまで彼らは自分たちの切実な何かをどうにかしたくて

 

一生懸命取り組んでいたんだな、って感じて

 

それがすごくいいな、って思ったんだ。

 

(もちろん社会の流れとか以上に努力もがんばりもあるんです、ほんとに素敵な人が多かった)

 

 

 

で、今日色々考えていてさ、

 

やりたいこととか、将来の夢とか

 

そんな大々的に語れるような高尚なものはなくても、

 

自分にとっての切実なものならおれにもあるかもな、

 

って思ったんだ。

 

 

おれの切実さはかっこいいものではないかもしれないけど

 

それでも誰かの1日をほんの少しでも良くすることはできるかもしれない。

 

 

 

だからずばっとカッコよく自己紹介できなくても、

 

自分にとって切実なものを突き詰めていくことは出来るんじゃないかな

 

と思うんだ。

 

切実で自分にとって重要な問題、見過ごせない何か、

 

そこに目を向けてみれば

 

やりたい事探しでは見えてこなかったことが見えてくるんじゃないか

 

誰かに書かされた将来の夢なんかでは感じなかった

 

リアルな自分自身が見えてくるんじゃないか。

 

 

 

自分の切実さがいわゆる将来の夢とかやりたいこととして

 

みんなが認める素敵な夢、の範疇に収まる人は

 

社会の流れも含めて、ある意味幸運だったんだと思う。

 

でも例えそうじゃなくても自分の切実さに向き合えば

 

工夫次第で力を発揮できる余地がある、

 

それもまた現代の社会なのかもしれない。

 

 

 

そんなことを考えた週末の夜中。