のさかんぱにー!

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大好きな「音楽」と「自然」をキャリアにする!

自分の存在を否定し続けてきたおれが抱えていたのは「罪悪感」だった。

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おれは数年前までとにかく自分が嫌いだった。

 

自分を否定し続け、自分の感情が分からなくなり、

 

自分が自分を否定していることにすら気づかないほどに

 

自分を嫌っていた。

 

もはや否定することが当たり前で

 

何が起きても自分が悪いのだと思っていた。

 

 

 

中学生の時だった。

 

おれは母親が教育熱心だったこともあり、

 

勉強はやたらと出来た。

 

たぶん3年間ほぼずっと学年トップとかだったと思う。

 

田舎の学校だったからね。

 

で、中途半端な田舎にはヤンキーが生息する、という法則があるらしく、

 

我が中学校にも、なんちゃってヤンキーがそこそこいた。

 

そうするとガリ勉くんは目をつけられるわけで

 

調子乗ってんなよ、とか、目障りなんだよ、とか言われたりした。

 

幸い手を上げないタイプのヤンキーだったので、

 

小突かれる程度で済んだのだが、

 

そんなことされながらもおれは、

 

ああ勉強できる自分が悪いんだな

 

とか思ってた。

 

 

 

高校生の時だった。

 

進学校に入れたのでヤンキーはいなくなったし、

 

おれは少しでも普通の高校生になろうと、

 

自分なりに友人との時間を大切にしたり、

 

見た目を気にしたり(気にしただけで大して改善されたわけではないが)、

 

体育祭とか文化祭の係を一生懸命やってみたり、

 

いろいろと頑張ってみた。

 

そんな中で彼女も出来たりした。

 

そんな日々は楽しかった。

 

確かに楽しかったんだけど、

 

でも、

 

友人と一緒に過ごしていても、

 

彼女と一緒に過ごしていても、

 

こんなやつと一緒に居させるのが申し訳ない、

 

という罪悪感的なものがどうしても拭えなかった。

 

そんな自分が心底冷たいやつに思えて、それもまたつらかった。

 

 

 

別に、特別に壮絶な過去があった訳ではない。

 

むしろ環境としては恵まれすぎている位だと思う。

 

友人とか彼女とか、一緒にいてくれる人がいたんだから。

 

それでもやっぱり当時は日々が苦しくて。

 

自分が嫌いで、自分を否定し続けているんだから、

 

毎日、一瞬たりとも気が休まらなくて。

 

具体的な分かりやすい悲惨な事件があったわけじゃないから

 

人からは甘えてるとか思われがちなんだけど、

 

自分が自分を認められないって、ほんとつらいんだよね。

 

日々の瞬間瞬間がつらいんだよ。

 

だから、

 

恵まれてるんだから感謝しろ、とか言われても正直全くぴんとこないんだよね。

 

むしろイラつく。

 

 

 

で、おれのブログはこんな調子だから、

 

同じようなつらさを抱えた人が結構よく見てくれててさ。

 

その検索ワードは

 

「環境に恵まれている 自分 駄目」

 

とか

 

「恵まれている つらい」

 

とか

 

そんなのだったりして、

 

どうにかしてそういう人の力になりたいと思って記事を書いてたりする。

 

だって、おれは少しずつだけど、人生楽しくなってるから。

 

あんなに苦しかったけど、その苦しさをどうにかする方法が、少しは伝えられる気がするから。

 

 

 

自分を否定し続けてきたおれが思うのは、

 

自分の存在の否定は「罪悪感」から生まれていた

 

ということ。

 

こんなことしてごめんなさい、と心のどこかで思ってる。

 

おれが悪いんですよね、って無意識のうちに思ってる。

 

そういう罪悪感を持ってるのはたぶん

 

何かと「やっちゃいけない」と言われてきたからだと思う。

 

自分がやったことを否定されてきた(少なくともそう感じてきた)からだと思う。

 

そうすると、

 

おれが何かするのは間違いなのだ、

 

と考えて、

 

おれは目立っちゃいけないし、際立っちゃ駄目なんだ、

 

と自分の行動を自分で止める。

 

 

 

罪悪感は自分を否定するための材料にしかならない。

 

結局すごく嫌な奴でも、

 

自分を肯定して、がんがん攻めてるやつのほうが、生きてて楽しそうで。

 

そんなの悔しいんだけど、やっぱりそれが現実なんだよね。

 

罪悪感を抱えて生きるには、人間は余りにも弱い。

 

 

 

でも1つ知っておく必要があるのは、

 

その罪悪感は自分が自分の精神を守るために作った砦でもあるということ。

 

その砦がなかったら、今頃もっとぼろぼろだった、きっと。

 

罪悪感を抱えたのは、生きるための術だった。

 

辛さももたらしたんだけど、でも当時の自分には必要だった。

 

だから罪悪感にも感謝しろよ!とか説教じみたこと言うつもりもないけど、

 

でもそういう面もあったんだな、と淡々と理解しておくことは、

 

必要だと思う。

 

 

 

精神的な苦しみを抜け出す第一歩は、

 

苦しみの客観化

 

だと思うんだよね。

 

こんなふうに自分は苦しんでるんだな、

 

と理解すること。

 

客観的に見れるようになるだけで、人は気持ちがラクになる。

 

客観的に見れると原因が見えてくる。

 

そうしたら、どうすればいいのかも自ずと見えてきたりする。

 

 

 

自分の存在を否定し続けて苦しんでいる人に、

 

何か1つでも届きますように。

 

そんな今日のエントリー。