のさかんぱにー!

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のさかんぱにー!

大好きな「音楽」と「自然」をキャリアにする!

他人の挑戦を批判する人は、自分自身が挑戦を諦めている。

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年齢も立場も実績も全部関係なく、ただただ挑戦する人はかっこいいと思う。


そういう人が好きなのは完全におれの趣味なんだけど。笑


でもなんでか知らないが挑戦する人に対して、いろいろツッコミを入れたがる人が多くて、不思議だ。


◯◯歳でそんなことやってちゃだめ、


もっとうまくなってからじゃないと、


辞めるなんてバカだ、


社会を甘くみるな、


リスクが云々。


なんだかんだと挑戦に理屈を欲しがるけど、


高尚な理由があるからやる、と言えば納得なんだろうか。


明確な才能があるからやる、と言えば納得なんだろうか。


適齢期だからやる、と言えば納得なんだろうか。




なんで批判するのかなといろいろ考えてみて、結局のところ、


批判する人はきっと、その挑戦の様子に、何か許せないことがあるのかなと思った。


どうしても癪に触ることがあるんだろう。


それはその人の都合であって、挑戦する人とは本来何の関係もないのに。


で、その批判は、批判者自身がやりたいことを我慢してきた言い訳そのものなんじゃないかと思う。


その言い訳を誰かにぶつけているんだ。


じゃないと自分が惨めだから。


確かに我慢せざるを得ない理由もおそらくあったんだろう。


誰かの期待や、時代の流れ、背負うもの。


そんな中で自分ができなかったことがたくさんあったのだろう。


だから、自分ができなかったことのある種の恨みを放出している、そんな気がする。


批判は誰かが諦めた挑戦の化身なのかもしれない。




気を抜くと、なんだか自信を失わせる情報が溢れていて。


あなたはこうだからダメなんだよ、って四方八方から責められているような感覚にさえなる。


理論武装された情報はまるで自分が悪いかのような気分にさせる。


でも本当に真に受けるべき情報はどのくらいあるのだろう。


どんなにすごい人の言葉だろうが、自分の自信を失わせるようなものは、やっぱりなんだか違う気がする。




でも、確かなのは、どんな言葉にもその背景に、発言者の切実な感情があるってことで。


そうか、この人も切実なんだな、おれと同じなのかもな、と考えると


少しもやもやは収まる。




飄々と越えていこう。