のさかんぱにー!

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大好きな「音楽」と「自然」をキャリアにする!

いまの集団でうまくやれなくても、所属集団は「数うちゃ当たる」。

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自分が所属する集団の活動について

 

辞める・抜けるという選択は普通ものすごく取り辛い。

 

でもおれの人生において辞めたり抜けたりという選択は

 

多くの場合自分にとってよりよい現実を連れてきてくれたと感じる。

 

辞めるというとネガティブなことにとらえられがちな世間の中で

 

どこで撤退するのかをもっとポジティブに考えられるようになるべきだと思う。

 

 

 

おれは大学時代音楽系の部活に入っていた。

 

入学当初、大人数で音楽をやることに憧れていたおれは

 

新歓で勧誘してくれた先輩のお姉さんに促されるままひょいひょいとついて行って

 

そのまま活動の詳細について大した確認もせずにひょいひょいとそこに入部した。

 

しかしそこは、先ほどから部活と表記しているように

 

サークルと呼ぶにはあまりに忙しい集団で、こちらの都合なんかお構いなしの

 

ブラック企業」ならぬ「ブラックサークル」だった。

 

演奏会前は授業を休め、飲み会に参加しない奴は仲間じゃない、

 

といったことをあたり前のような顔をして言われ、

 

音楽をしたいという思いは満たされたものの

 

それ以外にもたくさんやりたい事があったおれは

 

その部活だけに時間をとられる状況に次第に嫌気がさして

 

月日を重ねるごとに元気がなくなって、ついには半分鬱のような状態になっていった。

 

 

 

それでも「辞めるのは逃げだ」と考えていたおれは

 

その部活のせいでどんどんと苦しくなっているにもかかわらず

 

そこをやめるという選択をとる事ができなかった。

 

それどころか

 

自分のアイデンティティはこの部活なんだ、

 

ここで成功すればおれは成長できる、

 

と考え出してそれまで以上に時間を注ぎ出す始末だった。

 

 

 

しかし根本的におれはその部活に向いていなかった。

 

それは音楽的な興味とかセンスとかもそうだったし

 

集団の雰囲気とかもそうだった。

 

そこにいると自尊心がどんどん擦り減っていって元気がなくなり

 

日常がしんどくなって幸福感が小さくなっていくのだ。

 

それは別にその集団が悪かったとかそういうわけではなく

 

単純におれとの相性が悪かったんだと思う。

 

 

 

実際問題として集団との相性というものは存在している。

 

ただその集団との相性が悪いだけなのに、そこでうまくやれない事で自分を責めている

 

昔のおれのような人がきっと日本中に何人もいるんだと思う。

 

例えば大学のサークル選びなんてとにかく入ってみないと

 

その集団の実際のところなんてわかんない。

 

つまり結局は「なんとなく」で選ぶしかないのだ。

 

なのに最初に選んだサークルに骨をうずめることを強要してくる人が多い。

 

辞めようとすると

 

なんで辞めるの、もうちょっと頑張ろうよ、みんなで卒部しようよ、

 

って綺麗っぽい言葉で止めようとしてくる。

 

でも、「なんとなく」で選んだその集団に

 

自分の貴重な時間をささげきる必要はないとおれは思う。

 

大学入学時の18.19歳の経験値ではおれは知り得なかったが

 

世の中には信じられないくらいたくさんの集団があって

 

その中には自分にとって居心地のいい集団が必ずある。

 

なんとなくその集団でうまくやれないならさくっと辞めるのも大事なんじゃないだろうか。

 

最後にものをいうのは「数うちゃ当たる」という精神なんだと思う。

 

どんな人とでもうまくやれるコミュ力を持っていないんだったら

 

所属集団は「数うちゃ当たる」理論で考えた方が

 

おれたちの日常はずっと良くなるんだと思う。

 

 

 

継続だけでなく、撤退をポジティブに考えること、

 

そして、うまくやれない自分を責めるのはやめて

 

一度その集団から距離をとって冷静に見つめてみて

 

広い世界に目を向けてみること。

 

そうした立ち振る舞いもおれたちに残された手なんだということを

 

時に思い出したい。