のさかんぱにー!

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のさかんぱにー!

大好きな「音楽」と「自然」をキャリアにする!

やるべきことを淡々とやれない時には「羨ましい情報」に気を付けよう。

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やるべきことを淡々とやる、

 

というのは非常に大事なスキルだと最近思う。

 

 以前こんな記事を書いた。

 

zzzowlzzz.hatenablog.com

 

ここでも同じようなことを書いたんだけど、

 

やるべきことが淡々とできない時、というのは

 

やるべきことに向き合えない自分を正当化したくて

 

「人生の意味」とか「本当にやりたいこと」とか

 

そういう本来は頑張った先に見えてくるもの

 

先に得ようとしてしまう。

 

そういう態度はぶっちゃけダサい。

 

それって言ってしまえば

 

「おれは先に頑張る理由が欲しいんですけど。」

 

「頑張る理由があるんなら頑張りますけど。」

 

というメンタリティーですべてに取り組んでいる、

 

ということを意味しているわけで。

 

それはある種、逃げでしかないからだ。

 

現実の伴わない人生哲学なんて

 

頭の中でのただの言葉遊びに過ぎないんだ。

 

だから人生は一向に前に進んでいかないし、

 

そのままでは頭でっかちのビビり君で終わってしまう。

 

 

 

でもそうやって人生哲学みたいなものに逃げてしまうからといって

 

自分はダメだ、と卑下する必要もないのかな、と思う。

 

だって、そうなるのにはそうなるなりの理由があるからだ。

 

 

 

淡々と目の前の作業をこなせない大きな原因の1つは

 

うらやましい生活をしている人を簡単に知ることができるようになった、

 

というアクセス可能な情報(それも羨ましい情報)の拡大、があると思う。

 

例えばブログひとつをとって考えてみても、

 

今は色んなブロガーのリアルな情報が簡単に手に入る。

 

やれ誰それは初月で数万PVだ、収益がウン万円だ、

 

そんな情報はいくらでも飛び交っていて。

 

そういう情報を知ると目の前の単調な作業がむなしく思えてくる。

 

これでいいのか、と不安になって、苦しくなって、意味が欲しくなる。

 

そうすると「本当にやりたいこと」とか「人生の意味」とか

 

そういうぼんやりした議論に逃げたくなる。

 

そりゃあ「今のおれのこの作業ってなんなんだよ」って

 

なってしまっても仕方がない。

 

 

 

だから飛び交う情報をあえて無視する、ということが時に必要になる。

 

つまり「あえて(一時的に)孤独になる」という選択肢を持つことが

 

意味を持ってくるわけだ。

 

誰かや何かと比較することなく、

 

あえて情報の世界において一時的に孤独になってみる

 

もちろん基本的には情報は武器になるものであって

 

積極的に仕入れていかないといけないんだけど

 

でも、情報を得ることで自分の精神的な状態が悪くなるのであれば

 

それは本末転倒なわけじゃん。

 

初めから気にしない精神力を持っている人はいいんだけど

 

気になっちゃう人だって実際いる。

 

とくにそれが例えば受験や就活といった人生に大きなインパクトを

 

もたらすようなことだったらなおさらだ。

 

いかに情報を得るかに注力しがちだけれども

 

いかにシャットアウトするか、ということも時に大事になってくる。

 

 

 

社会や世界がどう動いていようと、自分で何とかできるのは

 

今の目の前の作業だけで。

 

高尚な人生哲学をこねくり回してどうにもならなかったのなら

 

それはつまり、残念ながら頑張る方向性が間違っていた、というわけだ。

 

一度目の前の作業を淡々とやってみる、というのも

 

基本戦略として頭に置いておきたい。