なんか別に自分を卑下してるとか自分を貶めたいってわけじゃないんだけど、
淡々と、そんで気楽に、
「あ、おれってスゴくなれる訳ないし、なる必要もないわ」
って思った。
別に気合入れて断ち切ったわけでもなく、まあふいに。
ふと。
まず一つ認めないといけない事実として、おれは二十数年生きてきて、すごい人物になれてないんだよ。
実際問題ね、いたって普通。凡人、凡才。
のび太もびっくり。
あ、いや、のび太はむしろ天才か。
あやとりとか、射撃とか。
ごめんね、のび太。
んでさ、手を抜いて生きてきたってんなら逆転のしようもありそうなもんなんだけど、
おれってそれなりに頑張って生きてきちゃってるわけなんだよ。
スゴい人になりたい、なれるかも、とか思いながら、
時には成功した人の本とか読んじゃったりして、おれも努力の末にはこうなれるかも、とか思ったりしながら、
自分なりに「努力」をしてきたわけだよ。結構。
確かにその頑張りは自分でも認めるよ、認めるけどさ、よく考えてみろよ、
それはつまりおれは頑張っても達成出来なかったってことなんだ。
それはもうつまり、君は狙ってスゴイ人になれるような才能はないよ、ってことなんだよ。
戦力外通告なんだよ。
お前程度の才能は戦力外でっせ。
ってことなんだよ。
うわー。まじか。
どんまい。
てかそもそも「努力」したと思ってる時点で、天才には勝てないって知ってる?
天才は凡人が100の努力をつぎ込んでやることを、
10000くらい楽しみながらやってんだよ。
そんなんもー勝てるわけないじゃん。
無理無理。
勝負にならない。
おつかれちゃん。
実際ほんとにかなわねえな、っていう天才って、はんぱじゃないからね。
しかも天才って、才能はもちろんあるんだけど、だから天才なんだけど、
おまけにその才能の伸ばし方を覚えると、楽しいからか努力まで平気でしだす。
そんなん勝負にならんわな。
はー。
ため息も出るよ。そりゃ。
てことで、おれはスゴくはなれない。
そんなね、自己啓発本の寄せ集めテクニックみたいな「努力」でどうにか出来るほど、「スゴい世界」は甘くない。
悲壮感漂わせながら、E判定の二次試験前の受験生みたいな顔して努力しても、
ずば抜けるということは受験ほど容易くない。
受験は全国の受験生みんなが受けるから努力がある程度反映されやすい。
でもそういう性質の試験じゃない何かの分野でずば抜けるのは、もう努力じゃどうしようもない。
努力すればスゴくなれるよ、やればできるよ、なんて言葉を信じ切って、
どれだけの人が自分の可能性を見逃してきたことだろう。
努力ではどうしようもない世界が確実にある。
それは本当にどうしようもない。
才能は確実に人それぞれ違うんだから、才能の無いフィールドで戦ったら、どうなるかなんて目に見えている。
そして別にスゴくなる必要もないと思う。
だって普通目指してる「スゴい」ってなんか変なんだもん。
本当に君はいわゆる世間一般的に認められるような形で「スゴく」ならないといけないのか?
君が目指している「スゴい人」ってのは、誰が決めた「スゴい」なんだ?
他人の選んだ「スゴい」になろうとして、自分の才能を無視してねえか?
そんなことを自分に聞いてみたい。
答えられっか?
いわゆる「スゴい」なんて才能があるやつに譲ってやれ。
それが自分自身のためでもある。
なんだか、自分に合うフィールドをいち早く見つけ出すゲーム、みたいだ。
淡々と必死に現実を生きていこう。